大学には行かず、16歳で起業。ニューヨーク、東京、バンコクで仕事をしてきたアメリカ人エンジニアのお話

2015.05.28

こんにちは!THE BAKE MAGAZINE編集長の塩谷です。

先日公開した代表・長沼による記事『「お菓子のスタートアップ」を立ち上げて丸2年。1人から120人に増えたBAKEのこれまでと、今後のミッション』が大きな反響をいただいたのですが、そのコメント内容を見てみると…

「マックさんすごいな。出会いだね。」「こんなエンジニアとの出会い、運命的だな」「マックさん(以下略…

と、長沼以上に、マックへの賞賛が集中していました。そこで、バンコクにいるマックにSkype取材をつなぐことにしました!

McConnell Wade
McConnell Wade

偶然、Airbnbで長沼のマンションにやって来た、当時21歳のアメリカ人エンジニア。PICTCAKEというオンラインで写真ケーキが作れるサービスをたった1週間で形にしてしまった彼は、一体どこでプログラミングやビジネスを学んで、今は何をしているのか?

BAKEにとっても奇跡のような存在であるマック、本名はMcConnell Wade。柔軟で、優秀で、みんなに愛される彼の、驚くべきストーリーを知っていただければ嬉しいです!

10歳の頃に始めたプログラミング。ゲームやソフトウェア制作に夢中だった子ども時代

ーこんにちは、マック。こちらは東京・自由が丘のBAKEの事務所です。

すっごく人が増えてるね! みんなの顔を見れてすごく嬉しい!

ー事務所のみんなもすごく喜んでます! 今日はマックに聞きたいことが沢山あります。マックは今何歳で、いつからプログラミングを始めたのでしょう?

僕は1992年生まれの22歳で、プログラミングを始めたのは10歳の頃。当時、学校の友達、両親、先生ー…周りには誰もプログラミングをしている人はいなかったんだけど、自分で書いたコードをネットでシェアしたり、様々な技術を勉強したりしてたんだ。インターネットのおかげで、自分はプログラミングが大好きなんだってことも、世界には僕と気が合いそうなプログラマーが沢山いるってことも、よくわかった。10歳の頃にインターネットがあって本当に良かったよ!

マックskype01

ー10歳から初めて、いつからそれを仕事にしたの?

子供の頃は、ゲームやソフトウェアを自作出来るってのが最高にエキサイティングだったし、そんな趣味がビジネスになるとは思わなかったんだ。でも高校生になって、周囲の友達がアルバイトするように、僕はプログラミングでお小遣い稼ぎを始めた。そんなある日、友達に「プログラミングを君の仕事にしたら?」と言われて、それってとってもクールだと思ったんだ。

最初は趣味がビジネスになるのか不安だったけど、トライしているうちに出来ちゃったんだ。そこで16歳の頃に最初の会社を立ち上げて、マーケティングやプログラミング、Webデザインなんかの、インターネットにまつわる仕事を始めたんだ。高校卒業後は一度ニューヨークのスタートアップでも働いてた。

ーすごく速い! 16歳でCEOになるなんて。

でも、16歳からの2年間、ずっと仕事ばっかりしていて、もうしばらくマーケティングはやりたくないなぁと思っちゃった。だから、高校時代の仕事で貯めたお金で、世界に旅に出よう! って。18歳の頃、ずっと行きたかった日本へのチケットを買って、僕にとって初めての海外旅行に行くことにしたんだ。日本ではたくさんの友達が出来て、本当に楽しかった!

それから、香港、タイ、韓国を旅して、アメリカに帰ってきた。でも、最初に訪れた日本にどうしても戻りたくって。21歳の頃、香港でスピーチをするように頼まれたんだけど、その帰りに日本にも寄ることにしたんだ。

3人で1つのマンションに住んで、BAKEを立ち上げるまで

ーそれがBAKE社長・長沼との出会いだったんですよね?

そう! Airbnbで東京の宿を探していると、真太郎(長沼)のプロフィールを見つけた。そこにスタートアップのCEOだって書いてあったんだ。そこで興味が沸いたし、更に彼の部屋はすごく安かった(笑)。「エンジニアなんだけど、泊まってもいいですか?」とメールしたら、真太郎はすごく歓迎してくれたんだ。

ーそこで、長沼のブログにつながりますね!

とはいえ資金がどんどん減っていき、マンションの1室をAirbnbを利用してバックパッカーに貸し出すことにしていました。そこにたまたま泊まりに来てくれたのが、マックという21歳のアメリカから来た男の子です。幸運なことに、彼はシリコンバレーでも活躍していたエンジニアで「何か手伝えることはある?」と言ってくれました。21歳のマックは、驚くほどに即戦力でした。http://www.bake-jp.com/magazine/?p=46

うん。実際、当時のBAKEには真太郎と、北海道から来た田村さん、そして僕の3人しかいなかったんだ。ビジネスモデルも、技術も、何も確立されてない時だった。でも、3人で1つのマンションに住んで、小さな会社を作っていくのはとても面白かった!

2013年4月、起業した年の写真。左から長沼、田村、マック。
2013年4月、起業した年の写真。左から長沼、田村、マック。

それに僕は、真太郎のことが本当に好きなんだ。すごく自分の仕事に打ち込む人だな、と思ってる。真太郎の仕事への姿勢は素晴らしいし、彼はいつも「お菓子のスタートアップ」を大きく成功させることに情熱を捧げていた。それがたった3人だけの小さな会社であっても!

PICTCAKEを開発中の、田村とマック。
PICTCAKEを開発中の、田村とマック。

ーでも、その後マックはタイに移住してしまうんですよね?

うん、僕は大学卒業の資格を持っていなかったから、日本の法律ではビザが下りなかったんだ。そこでタイにいた友人が「一緒に働かないか?」と誘ってくれたから、バンコクで働き始めることにした。ここは物価もそれほど高くはないし、ビザも日本に比べれば厳しくないから良かったなって。

タイは小さな国だし、ビジネスのほとんどがバンコクに集中してるから、しばらく滞在しているとみんなと仲良くなれる。海外のスタートアップもいくつか来ているし、日本からアジア進出のために拠点を置いている会社もあるし、面白いよ。ここではテック系のコンサルティングをしたり、プログラミングをしたり、そして最近はコンピューターで絵を描くことも始めたんだ!

ーBAKEのプロモーションムービーを作ってもらったり、本当になんでも作れちゃうんだね。今、BAKEのみんなとは離れて仕事しているけど、どんな感じ?

離れていても、みんながとても良くしてくれるから働きやすいよ! 真太郎のことも好きだし、BAKEのやっていることも共感している。どんどん成長していくのもすごく良いし、自分がその初期メンバーであることも誇りなんだ。

th_マックskype02

– –

こうして、バンコクにいるマックへのSkype取材は終了しました。

マックはBAKEにとってのスーパーマン。そんな彼は、いつも最高の仕事ぶりでBAKEのメンバーからも信頼され、愛されています。

今、BAKEのメンバーは120名。エンジニアはマック含めて3名になりました。設立3年目の「お菓子のスタートアップカンパニー」は、仲間を探しながら日々成長しています!

株式会社BAKEのFacebookはこちら


Text by 塩谷 舞( @ciotan ) translation by 栁沢 紀子


前の記事

THE BAKE MAGAZINEのミッションは? お菓子屋さんのビジネスモデルを伝えるオウンドメディアの役割

次の記事

焼きたてチーズタルト専門店「BAKE」の香港・台湾・マカオ展開について